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居場所のある暮らし
2025.03.22 | Blog
こんにちは。
小説仕立ての文章も、一定数のファンがいらして、嬉しかったので、今回も小説仕立てでお送りします☺️

ミサキは、夫と二人の子供と暮らす専業主婦。築30年の家は、夫の実家をそのまま受け継いだもので、どれだけ掃除をしても閉塞感が消えない。薄暗い廊下、狭い窓、ぎっしりと詰まった家具。古いクロスと黄ばんだフローリング。家にいると息が詰まるような感覚に襲われ、外に出るたびに深呼吸をする。
長女のサキがぽつりと言った言葉が、ミサキの胸に刺さった。
「お母さん、この家って、なんか牢屋みたいだね。」
その言葉に、ミサキはハッとした。牢屋。それは、まさに彼女が密かに感じていたこと。けれど、「これが当たり前」と思い込んでしまえば、いつの間にか慣れてしまう。狭くて暗くて、窮屈な家でも、日々の忙しさに流されて慣れてしまえば、変えようとは思えなくなる。
でも、本当は変えたかった。
そう気づいたときには、心がざわついていた。
それでも、どうにかしたい。そう思ったミサキは、思い切って図書館でリフォームやインテリアの本を借りてみた。そこで出会ったのは、「居場所」という言葉。家の中でホッとできる、自分だけの空間。どんなに小さくても、そこがあるだけで人は安心できるのだという。
そんなとき、図書館で偶然見つけたインテリアコーディネーターの相談会のチラシが目に入った。
「居場所づくりを大切にするインテリアコーディネーター」
そのキャッチコピーに、ミサキは思わず手を伸ばしていた。
相談会の日、現れたのは、柔らかい笑顔の女性、早川さん。話を聞いてもらうだけのつもりが、ついあれこれと今の家の悩みを話してしまった。
「この家、暗くて、狭くて。なんだか息が詰まるんです」
そう言ってから、少し恥ずかしくなった。けれど早川さんは、ふっと微笑んだ。
「大丈夫です、少しの工夫で、家は驚くほど変わりますよ。まずは光を増やすことと、視線の抜ける場所を作ること。それから、ミサキさんのための『居場所』を用意しましょう。」
リフォームが決まってから、家族は仮住まいのアパートで暮らし始めた。
狭いけれど、真新しい壁紙と清潔感のある空間は、どこか居心地がよかった。
「早く自分の家に帰りたいな」
サキがぽつりと言うたびに、ミサキは胸が痛んだ。
それでも、リフォームが終われば、きっと前よりずっと素敵な家になる。そう信じていた。
週末になると、家族で工事中の家に足を運んだ。まだ壁は剥がされたままで、床には木くずや道具が散らばっている。けれど、夫はなんだか嬉しそうに進捗を見ていた。
「ほら、窓が広くなっただろ?」
夫は誇らしげに指をさす。
「本当だ、明るくなりそう」
サキも身を乗り出して覗き込んだ。
早川さんが図面を広げながら説明してくれる。
「ここに光が入るように、壁は少し後ろにずらしました。風が通りやすいように、廊下にも窓を追加しています」
夫は感心したように頷いていた。
「なるほど、そういうことか。想像以上だな」
「でしょう?」
早川さんはにっこりと笑った。
ミサキは、心の中がふわりと軽くなるのを感じた。
こんなふうに、家族で笑いながら工事の様子を見られるなんて思っていなかった。
工事が進むにつれ、家は少しずつ形になっていった。壁が塗られ、床が張られ、光が差し込むリビング。
夫はスマートフォンで写真を撮りながら、「ここに棚を作りたいな」と楽しそうに話す。
サキは新しい子供部屋に走り込み、「ベッドはここかな!」と笑顔を見せる。
そのたびに、ミサキは嬉しくて仕方がなかった。
そして、リフォームが終わる日。
白いカーテンが揺れるたび、優しい風が通り抜けた。ベランダには小さなテーブルと椅子、季節ごとに花を植えた。そこで飲む朝のハーブティーは、特別な時間になった。
子供たちも、リビングの一角に作ったスタディスペースで宿題を広げる。夫は休日、読書をするようになった。どこかぎこちなかった会話も、少しずつ増えていく。
ある日の夕方、リビングでハーブティーを飲みながら、夫がぽつりと言った。
「なんか、この家、明るくなったな。帰ってくるのが楽しみだよ。」
ミサキは、ふっと微笑んだ。
「私もだよ。こんなふうに変わるなんて思ってなかった。」
家は変わった。光と風と、少しの工夫と。
でも、その変化は確かに彼女たち家族を救った。狭くて薄暗かった家は、今では温かくて穏やかな「居場所」になっていた。
家は、ただ住むための場所じゃない。
家は、人がほっとできる「居場所」であってほしい。
外に出かけなくても、誰に会わなくても、帰りたいと思える場所。
心がほどける居場所がひとつでもあれば、それだけで人生は少し楽しくなる。
居場所のある暮らし。
それは、光と風と、ほんの少しの工夫で手に入るもの。
家は、もっと自由で、もっと優しい場所に変えられる。
そして、そこに戻りたいと思えることが、きっと幸せの一つのかたちなのだ。
〜完〜