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高齢化社会における住まいの課題:リフォームがつなぐ親子のビンテージストーリー①
2025.02.01 | Blog
高齢者が安心して暮らせる住まいを考える際、改善の目安となるポイントは大きく分けて4つあります。それは「段差」「狭さ」「寒さ」「床生活」の4点です。 昔ながらの木造在来工法で建てられた家では、段差が多く、つまずきやすい状況が目立ちます。また、尺貫法に基づく寸法で建築された家は、通路や扉の幅が狭いことが多く、和室を細かく仕切っている場合もあります。これが高齢者にとって動きにくい環境を生んでいます。 さらに、日本の伝統的な住宅は風通しを重視し、冬の寒さへの配慮が不充分で、断熱材が使われていない家も珍しくありません。そのため、冬場の寒さが高齢者の健康に大きな負担を与えることがあります。 加えて、畳が主流の床座の生活では、足腰に負担がかかるため、高齢者にとって立ち座りが大変になってしまうことも問題です。
日本は今、かつてない超高齢化社会に突入しています。厚生労働省のデータによると、2025年、つまり今年には75歳以上の人口が全人口の約18%となり、2040年には65歳以上の人口が全人口の約35%に達すると推計されています。高齢者の住まいの課題は、今や身近で避けられないテーマです。
今回は、この4つの課題をテーマに、建築士、福祉住環境コーディネーター、インテリアコーディネーターが協力し、高齢者が快適に暮らせる住まいをリフォームする物語をビンテージホームストーリーとしてお届けします。これまでとは異なる趣向でお届けする本記事をぜひお楽しみいただき、住まいづくりのヒントにしていただければ幸いです。
第1話:「寒い家と消えた笑顔」
冬の風が冷たく頬を打つ午後、息子はため息をつきながら玄関の扉を開けた。冷たい空気が家の中に流れ込み、彼の心に重くのしかかるのは、この家で過ごす80歳の母親のことだった。母は最近、ほとんどの時間を和室のこたつに潜り込んで過ごしている。体力は衰え、気力も失い始め、ここ数ヶ月はまともにお風呂にも入っていない。
「どうしたらいいのか、もう分からない……」息子はそうつぶやきながら母の顔を見た。
家の中はどこも古びていて、不便さが目に見えていた。母親が1階だけで暮らすようになったのも、急な階段と手すりのない段差が原因だ。安全を考えれば仕方ない判断だったが、それでも1階の環境は、彼女が快適に暮らせるものではなかった。
玄関
玄関の上がり框は高く、母はそこを昇り降りするたびに不安そうな表情を見せる。手すりがないため、息子が手を貸すが、彼女は「自分でできる」と頑なに拒むことも多い。
「最近は玄関に出るのもおっくうみたいだ。外に出ないと気分も変わらないだろうに……」息子はそう考えながらも、何も手を打てない自分を責めていた。
ダイニングキッチン(4畳半)
食事を用意するためのダイニングキッチンも問題だらけだった。狭いスペースに古い流し台、収納スペースも少なく、調理器具や食品が散乱している。冷たい床のせいで冬は足元から冷えが襲い、母はキッチンに立つことさえ辛そうだ。
「料理は面倒だし、ここに立つのもしんどいわ」と母が言ったとき、息子は冷たい視線を感じた気がした。
和室(8畳)
家の中心となる和室。そこは、母の生活のすべてが詰まった部屋だった。しかし、現状は物で溢れ、どこか殺風景で荒んだ空気が漂っている。
部屋の中央にはこたつがあり、その周りには布団が敷きっぱなしの万年床状態。2つのタンスが圧迫感を生み、押し入れには使わない布団がぎっしりと詰まっている。床の間には、亡くなった父親の仏壇が埃をかぶったまま置かれていた。
「仏壇だけは触らないでほしい」と母は何度も息子に言うが、それ以外のものは整理が必要だと誰もが思っていた。
さらに、座椅子が4つも無秩序に置かれ、テレビや低いチェストが部屋の隅を占拠している。必要以上に多い家具が部屋を狭くし、動線を遮っていた。
「布団で寝てるけど、腰が痛いのよね」と母がぼそりとこぼした言葉が、息子の胸に刺さった。
浴室
母親が最も嫌がる場所は浴室だ。昔ながらの在来工法で作られたタイル張りの浴室は、冬になると冷たさが骨身に染みる。浴槽は深く、出入りが大変で、転倒の危険がつきまとう。
「寒いし、入るのも疲れるから、もうお風呂はいいわ」と母が言うたび、息子は心の中で悲鳴を上げていた。母の体を思えば清潔を保つことが必要なのは明白だが、無理強いすれば関係が悪化する。それが怖くて、何も言えなくなっていた。
トイレ
階段下にある狭いトイレは、天井が低く、圧迫感がある。手すりもなく、床は冷たく、母にとっては使用が億劫な場所だ。息子が使いやすくしようと考えたことはあったが、どうすればいいのか分からず、そのままになっている。
息子は、母がこの家で不便なく暮らせるようにしたいと願っていた。だが、どこから手をつければいいのか分からない。母は頑固で「急にいろいろ変えられるのは嫌だ」と言う。少しでも提案すれば、「どうでもいいわ」と冷たい言葉が返ってくる。
専門家の登場
「とにかく、プロに相談するしかない。」そう決意した息子は、福祉住環境コーディネーターの沙織、一級建築士の健吾、インテリアコーディネーター兼空間デザイン心理士®︎の優香に話を持ちかけた。
3人は玄関の扉を開けた瞬間、家の中に漂う冷たさと重苦しい空気を感じ取った。
「ここまで寒いと、まず暖かさを取り戻すことが必要ね。」と沙織が静かに言うと、健吾が頷く。「それに、家の動線が悪い。物を整理して、動きやすい空間にすることが最優先だ。」
優香は押し入れに詰まった布団と埃をかぶった仏壇を見つめながら、「住む人の気持ちに寄り添いながら、変えていく必要がありますね」と語った。
果たしてこの家は、80歳の母親にとって快適な場所に変わるのか?そして、母と息子の消えた笑顔は取り戻せるのか?リフォーム計画が、静かに動き始めた――。
次回予告
家の現状を知った専門家たちは、お母さまの声に耳を傾けることの大切さを実感する。変化を嫌う彼女の心に寄り添いながら、リフォームの第一歩を模索するが……。