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高齢化社会における住まいの課題:リフォームがつなぐ親子のビンテージストーリー⑤
2025.02.05 | Blog
高齢者が安心して暮らせる住まいを考える際、改善の目安となるポイントは大きく分けて4つあります。それは「段差」「狭さ」「寒さ」「床生活」の4点です。 昔ながらの木造在来工法で建てられた家では、段差が多く、つまずきやすい状況が目立ちます。また、尺貫法に基づく寸法で建築された家は、通路や扉の幅が狭いことが多く、和室を細かく仕切っている場合もあります。これが高齢者にとって動きにくい環境を生んでいます。 さらに、日本の伝統的な住宅は風通しを重視し、冬の寒さへの配慮が不充分で、断熱材が使われていない家も珍しくありません。そのため、冬場の寒さが高齢者の健康に大きな負担を与えることがあります。 加えて、畳が主流の床座の生活では、足腰に負担がかかるため、高齢者にとって立ち座りが大変になってしまうことも問題です。
日本は今、かつてない超高齢化社会に突入しています。厚生労働省のデータによると、2025年、つまり今年には75歳以上の人口が全人口の約18%となり、2040年には65歳以上の人口が全人口の約35%に達すると推計されています。高齢者の住まいの課題は、今や身近で避けられないテーマです。
今回は、この4つの課題をテーマに、建築士、福祉住環境コーディネーター、インテリアコーディネーターが協力し、高齢者が快適に暮らせる住まいをリフォームする物語をビンテージホームストーリーとしてお届けします。これまでとは異なる趣向でお届けする本記事をぜひお楽しみいただき、住まいづくりのヒントにしていただければ幸いです。→第1話・第2話・第3話・第4話
第5話:「心に灯がともる家」
リフォームが完了し、家全体が暖かさと安全を取り戻した。冷たい浴室は温かく快適なユニットバスに、狭く暗かったトイレは広々とした使いやすい空間に、そして寒かった和室は床暖房と断熱素材で、居心地の良い空間へと生まれ変わった。
しかし、まだ一つの課題が残されていた。それは、お母さまが「新しい環境にどう慣れ、自立した生活を取り戻していくのか」だった。
お母さまの表情の変化
リフォーム後のお母さまは少しずつ変化を見せ始めていた。新しい浴室で久しぶりに湯船につかった日は、心からの安堵の表情を浮かべていた。
「これならまた、お風呂に入るのが楽しみになるわね……」その言葉に、息子は胸を撫で下ろした。
和室も穏やかな空気に満ちていた。整理された部屋の中央に置かれた小型のテーブル、仏壇の周りの清潔感あるスペース。
「父さんもきっと喜んでいるわね」とお母さまが仏壇に手を合わせる姿を見て、息子は「母が前向きに感じてくれるなら、これ以上の成果はない」と感じていた。
専門家たちの提案:自立へのサポート
リフォームを終えた3人の専門家たちは、家族がこの新しい環境に慣れ、より快適な生活を送れるよう最後の提案を行うことにした。
- 沙織(福祉住環境コーディネーター)
「お母さまが1階で生活できるように整えましたが、さらに日々の生活が楽になる工夫を提案します。たとえば、リモコンで操作できる電動カーテンや、ベッドサイドに置ける小さな補助テーブルを導入してみませんか?必要なものが手元にあれば、動作の負担が減ります。」息子は「母の負担が少しでも軽くなるなら、それはいいですね」と頷いた。 - 健吾(一級建築士)
「家が暖かくなったので、もう少し外に出る機会を増やすのも良いですね。玄関のスロープは車椅子も対応可能なので、将来的にヘルパーさんを頼むときも安心です。もちろん、今は杖での昇り降りも安全にできますよ。」優香も「玄関周りを少し花で飾ってみるのも良いかもしれません。外に出るたびに季節の変化を感じることで、心が元気になることもありますよ」と提案した。 - 優香(インテリアコーディネーター兼空間デザイン心理士®︎)
「和室はさらにお母さまが安心して過ごせるように、好きな色や素材を使ったクッションやラグを置いてみるのも良いと思います。たとえば、お母さまの好きな色を取り入れた小さな飾り棚を作ると、空間がもっと自分らしいものになりますよ。」お母さまはその提案に微笑みながら、「自分の好きなものを置けるのはいいわね」と少し嬉しそうに答えた。
息子の決意
新しい家での生活が始まったその日、息子は母の表情をじっと見ていた。和室の仏壇の前で穏やかな顔をしている母の姿を見て、彼は小さく頷いた。
「これからも母を見守りながら、少しずつ関わっていこう。完璧にできなくても、母が元気でいてくれることが一番だ。」そう心に誓った息子は、母が新しい空間で安心して過ごせるよう、サポートを続けることを決めた。
新しい日常の始まり
数日後、久しぶりにお母さまが息子に言った。「この家、変わってよかったわね。私、少しずつ片付けもしてみようかしら。」
それは、変化に抵抗を示していたお母さまが、少しずつ前向きになり始めた瞬間だった。
息子は驚きつつも、「母がこんな言葉を口にするなんて」と感動を隠せなかった。「そうだね、一緒に少しずつやっていこう。」
そして、お母さまは床の間の仏壇に向かい、小さな声で「ありがとう」とつぶやいた。その声が誰に向けたものなのか、息子にも、専門家たちにもはっきり分かった。
エピローグ:心に灯がともる家
家は、ただ住む場所ではない。家族の心に灯りをともす場所でもある。
今回のリフォームを通じて、80歳のお母さまとその息子は、新しい絆を見つけた。そして、3人の専門家たちが残したのは、「快適な空間」だけでなく、「また生きる力を取り戻す心」だった。
新しい家には、明るい未来が待っているーーそう思える暖かさがあふれていた。
〜完〜