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高齢化社会における住まいの課題:リフォームがつなぐ親子のビンテージストーリー②

高齢者が安心して暮らせる住まいを考える際、改善の目安となるポイントは大きく分けて4つあります。それは「段差」「狭さ」「寒さ」「床生活」の4点です。 昔ながらの木造在来工法で建てられた家では、段差が多く、つまずきやすい状況が目立ちます。また、尺貫法に基づく寸法で建築された家は、通路や扉の幅が狭いことが多く、和室を細かく仕切っている場合もあります。これが高齢者にとって動きにくい環境を生んでいます。 さらに、日本の伝統的な住宅は風通しを重視し、冬の寒さへの配慮が不充分で、断熱材が使われていない家も珍しくありません。そのため、冬場の寒さが高齢者の健康に大きな負担を与えることがあります。 加えて、畳が主流の床座の生活では、足腰に負担がかかるため、高齢者にとって立ち座りが大変になってしまうことも問題です。

日本は今、かつてない超高齢化社会に突入しています。厚生労働省のデータによると、2025年、つまり今年には75歳以上の人口が全人口の約18%となり、2040年には65歳以上の人口が全人口の約35%に達すると推計されています。高齢者の住まいの課題は、今や身近で避けられないテーマです。

今回は、この4つの課題をテーマに、建築士、福祉住環境コーディネーター、インテリアコーディネーターが協力し、高齢者が快適に暮らせる住まいをリフォームする物語をビンテージホームストーリーとしてお届けします。これまでとは異なる趣向でお届けする本記事をぜひお楽しみいただき、住まいづくりのヒントにしていただければ幸いです。→第1話

第2話:「お母さまの声に耳を傾ける」

寒い和室の中央で、お母さまはこたつに潜り込んだまま、じっと動かずにいた。3人の専門家が挨拶をしても、彼女は「どうでもいいわ」と視線を落としたまま、つぶやくばかりだった。

「何かを変えるのが怖いんですね。」優香(インテリアコーディネーター兼空間デザイン心理士®︎)は、仏壇を見つめるお母さまの目に、不安の色を感じ取っていた。

沙織(福祉住環境コーディネーター)が、お母さまの前にしゃがみ込むようにして、そっと声をかけた。「お母さま、この家でどんなことに困っていますか?」
お母さまは顔を少し上げたが、すぐにうつむき、「全部よ」と短く答えた。

息子が口を開いた。「母は、ここ数ヶ月ほとんどお風呂に入っていないんです。寒いから嫌だって。それに、この布団生活で腰が痛いとも言います。階段は危なくて使えないし……」
息子の説明を聞いていたお母さまが、わずかに声を荒げた。「そんなにいろいろ言わなくてもいいでしょ!私はこのままでいいって言ってるの!」

部屋の空気が一瞬凍りついた。息子は言葉を詰まらせ、視線を逸らす。その沈黙を破ったのは優香だった。
「お母さま、お父さまの仏壇は大切な場所ですよね。」

お母さまの目が仏壇に向いた。「……そうよ。この家で一番大事な場所よ。あの人がいた頃のまま、ずっと置いてるの。」

優香は小さく頷いた。「お父さまがこの家を建てたとき、お母さまのことをとても考えていたんじゃないでしょうか?」
お母さまは少し考え込み、ぽつりと話し始めた。「ええ、そうね。あの人は私が使いやすいように、いろいろ考えてくれたのよ。でも……」

「でも?」優香が促すように尋ねると、お母さまは目を伏せて続けた。「こうなってしまって、きっとあの人も悲しんでるわね。」

その言葉に、沙織が静かに口を開いた。「お父さまが今も見守っているとしたら、お母さまが安全で、気持ちよく暮らしているのをきっと願っているはずです。私たちは、そのためのお手伝いをしたいんです。」

お母さまは黙り込んだが、表情は少しだけ柔らかくなっていた。その様子を見て、健吾(一級建築士)が仏壇を見つめながら言った。「仏壇をこのままにして、その周りを整えるだけでも部屋が明るくなると思います。動線を広げて、お母さまが動きやすくなるようにしましょう。」


専門家たちのプランニング

その夜、3人は現状をもとにリフォームプランの骨子を練り上げた。お母さまの「急にいろいろ変えられると嫌」という気持ちを尊重しながら、彼女が少しずつ変化に慣れていけるよう、段階的なリフォームを計画した。

沙織(福祉住環境コーディネーター)

  • 「まずは和室の動線を確保します。タンスの整理や押し入れの布団の整理から始めましょう。安全に動ける空間を作れば、お母さまが少しずつ動くようになるはずです。」
  • 「玄関の上がり框にはスロープを設置し、浴室にはユニットバスを導入して温かさを取り戻します。」

健吾(一級建築士)

  • 「押し入れを整理して収納を効率化します。タンスを1つ撤去し、代わりに押入収納を充実させましょう。これで部屋全体が広くなります。」
  • 「和室には床暖房を敷設して、寒さを和らげます。仏壇の周りはそのままにして、快適に手を合わせられる空間を作ります。」

優香(インテリアコーディネーター兼空間デザイン心理士®︎)

  • 「お母さまの不安を軽減するため、仏壇を中心に空間をデザインします。和の雰囲気を壊さない家具を選び、明るい色調のカーテンや照明を導入しましょう。」
  • 「座椅子を減らし、小型のテーブルを配置することで動きやすく、落ち着ける空間を作ります。」

小さな変化の始まり

翌日、沙織はお母さまに話を持ちかけた。「押し入れの布団、一緒に少し整理してみませんか?使わない分は息子さんに預けるだけでいいんです。」
お母さまは迷いながらも、沙織の穏やかな声に促され、小さく「じゃあ……」と頷いた。

仏壇の前には優香が座り込み、「この仏壇を中心に、素敵な空間を作りましょうね。」と言った。お母さまは仏壇をじっと見つめ、「それならいいかもしれないわ」と初めて前向きな言葉を口にした。


次回予告
和室の整理が進む中、押し入れが片付き、動線が広がり始める。仏壇を中心とした新しいレイアウトを考える専門家たちだが、そこにはさらなる課題が待ち受けていた――。

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